炭素14年代法のことはじめ:ラジオカーボン革命

1946年、ウィラード・リビー(Willard Libby, 1908–1980)は、新たに発見された炭素の放射性同位体である炭素14の含有量を測定することで、天然有機物の年代測定を行うという革新的な方法を提案しました。炭素14年代(あるいは「放射性炭素年代」)として知られるこの方法で、生物が死後に経過した時間(年代)を調べることができます。リビーの発見による「ラジオカーボン革命」は、ヒトと自然の歴史年表に正しい時間軸を与え、考古学と地質学の分野等の発展に大いに貢献していくことになります。

リビーによる炭素14年代法の予察

シカゴ大学の化学教室の教授であったリビーは、1945年に炭素14年代測定に関わる研究に着手しました。彼は、1939年にニューヨーク大学の物理学者セージ・アレクサンダー・コルフ(Serge A. Korff, 1906–1989)の研究に触発されました。コルフは宇宙線が大気に衝撃すると中性子が生成されることを発見しました。また、この中性子と大気の主成分である窒素14が核反応を起こし、放射性炭素とも呼ばれる炭素14が生成されることを予察しました。

リビーは、大気中の炭素14が生物に取り込まれることに気づきました。生体に含まれる炭素14を検出できれば、炭素14の半減期または減衰率を使用して、生物が死んだ年代を決定できるとのアイデアをもちました。1946年、リビーは米科学誌フィジカルレビューでこの画期的なアイデアを提案しています。

炭素14年代測定法の確立にむけて

炭素14年代法の確立には、有機物の炭素含有量の測定が重要であることは当然ですが、地球の炭素循環の理解が不可欠です。大気中の炭素14濃度が何千年間に亘って一定であるためには、地球の炭素循環が定常状態にある、いいかえれば、炭素14が大気、生物圏、海洋、その他の炭素貯蔵庫間で移動でき、平衡状態が成立する必要があります。当時、過去の宇宙放射線の強度変化に関する情報がなく、リビーはそれが一定であると作業仮説を立てました。彼は、炭素14の生成速度がその崩壊速度に等しく、何千年も遡って平衡状態が成立していると推論しました。炭素14の総量を推定し、炭素安定同位体と比較する必要がありました。コルフの推定では、地球の表面の1平方センチメートルあたり毎秒2個の中性子が生成され、それによって炭素14を生成していることになります。リビーは地球上の1012個の炭素に炭素14が1つの割合で存在する考えました。

次にリビーは、地球の炭素循環について詳細な考察をしています。炭素14年代法が利用できるためには、地球システム内での炭素循環が活発で、炭素14と他の炭素同位体の比率が大気と生体内で同じである必要があります。リビーと大学院生のアーネスト・アンダーソン(Ernest Anderson, 1920–2013)は、海洋での炭素の混合について計算しました。彼らが得た結果は、地球システム内の炭素14の分布を予測し、それは放射性炭素年代測定が成功するだろうと結論できるものでした。

自然界の放射性炭素の検出

1940年にマーティン・デイビッド・カーメン(Martin David Kamen, 1913-2002)とサミュエル・ルーベン(Samuel Ruben, 1913–1943)によって、炭素14が発見されました。リビーらによる研究により、炭素14の半減期が5,568年(後に5,730±40年と修正された)であることを明らかにされました。当時、天然の炭素14を検出した人はまだいませんでした。、コルフとリビーによる炭素14に関するの考察は、完全に理論的なものです。炭素14を使った年代測定を行うためには、天然の炭素14の存在を確認する必要がありました。

当時、リビーの実験に必要となる微量の炭素14を検出するのに十分な感度をもつ放射線の検出装置は存在していませんでした。リビーは、既存の検出装置で検出可能な量の炭素14が含まれているサンプルの提供を依頼するために、Houdry Process Corporationのアリステッド・ボン・グロッセ(Aristid von Grosse, 1905–1985)と連絡をとりました。。このサンプルと既存のガイガー・カウンターを使用し、リビーとアンダーソンは、コルフによって予測された炭素14濃度と一致する炭素14の存在を明らかにしました。この実験には成果がありましたが、時間がかかり、費用がかかりました。幸いなことに、リビーのグループは代替案を考案しました。彼らは、環境中のバックグラウンドの放射能を検出して除去する機能を備えたガイガー・カウンターで、サンプルチャンバーを囲みました。さらに、バックグラウンドの放射能を低減する厚いシールドを設置しました。サンプルを純炭素に還元するという新しい方法も導入することで、天然レベルの放射性炭素を検出することを可能としました。

放射性炭素年代法の検証

放射性炭素年代は、生物が一度死ぬと、地球の炭素サイクルから切り離され、生体中の炭素14の数が一定の速度で減少することを前提としています。現生生物には、大気と同じ量の炭素14が含まれていますが、石炭や石油など、古代生物の化石には炭素14は完全に崩壊し残っていません。数世紀から数千年の中間年齢の有機物の場合、サンプルに含まれている炭素14の量を測定し、これを既知の炭素14の半減期と比較することで年代を推定することができます。

このことをテストするために、リビーのグループは、樹木年輪年代学で各年輪の形成年代が知られたレッドウッドとモミの木のサンプル、博物館に保管されていたエジプトの皇帝センウセレト3世(古代エジプト第12王朝の第5代ファラオ、在位期間、紀元前1878~1841年)の葬儀船(所有者の死亡年代の記録が残されている)の木材の放射性炭素年代を測定しました。1949年に、リビーとアーノルドは、それの結果を図示した「Curve of Knowns」を米科学誌Scienceに発表しました。Libbyの放射性炭素年代測定の結果はすべて既知年代と統計学的に有意に一致し、放射性炭素年代測定法の有効性が証明されました。。

ラジオカーボン革命

「炭素14」は、英語では「ラジオカーボン(Radiocarbon)」です。炭素14年代法は、考古学と地質学の両方に大きな影響を与た。これは、「ラジオカーボン革命」と呼ばれています。リビーの研究の前には、過去に発生したイベントの年代の推定は、相対的な年代測定法に頼らなければなりませんでした。相対的な年代測定法ではイベントの新旧を単純に並べるしかできません。地質学の専門用語に「地層累重の法則」という用語があります。簡単にいうと、重なり合う二つの地層がある場合、上の地層は下の地層よりも新しいという法則です。地層累重の法則も相対年代を求める1つの方法ともいえます。この法則では、重なり合う二つの地層が堆積した新旧しかわからなく、どの程度の年代の違いがあるかを知ることはできません。対照的に、放射性炭素年代測定法は重なり合う二つの地層に数値年代を与えることができます。この方法は、文明がヨーロッパで始まり世界中に広まったという概念を含む信念を反証するのに役立ちました。考古学者は、ヨーロッパ、南北アメリカ、アジア、アフリカ、オセアニアの人工遺物を年代測定することで、世界中の多くの独立した場所で文明が発達したことを確立しました。放射性炭素年代法は地質学にも大きく貢献しました。かつて氷河氷に埋もれた木の木材サンプルの放射性炭素年代を求め、北アメリカの最後の氷床が、地質学者が長年信じていた25,000年ではなく、10,000〜12,000年前に後退したことを明らかにしました。世界各地の歴史の正確な年表を作成することが可能となりました。

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